KYOTO SCOPE

社会的困難女性を支援する人のための
ソーシャルワーク・プラットフォーム

モデルケースと対応

医療現場で患者のトラウマに配慮したソーシャルワークを実現するために。ここでは社会的困難女性が来院を仮定して、さまざまな仮想ケースとその対応モデルを紹介しています。

自宅で早産した未受診女性

患者プロフィール

21歳女性 会社の寮で一人暮らし

ケース紹介

自宅で出産し、救急搬送

自宅で出産した女性から救急要請。救急隊が現場到着時、子は泣いており、母はまだ胎盤娩出されていない状態だった。総合病院に救急搬送され、母は救急外来で胎盤娩出。新生児は30週相当の早産でNICUで手当を受けそのまま入院となった。

喋らない、キーパーソンがおらず、帰る場所がない

救急車が現着してから産科病棟に入院するまで、本人はひとことも喋っていない。意識はあり、痛みに唸るなどはあっても、言葉はほぼ喋らなかった。本人の了承を得て財布の身分証明書からカルテを作成したものの、付添はいなかった。キーパーソンが誰かわからない。

産科病棟入院後、助産師が根気強く本人との会話を試み、2日後から少しずつ話しはじめた。すると、本人の母親の連絡先を教えてくれたので、連絡を取った。その後、本人の母が来院・面会したが、本人とは会話がなく、険悪な雰囲気のまま帰ることとなった。

本人が帰る場所がなく、NICUに子を残した状態で、どのように退院を計画するのか、医師、看護師、助産師、医療ソーシャルワーカーなどのチームで相談をしている。子については児童相談所に連絡をすることにした。

喋りはじめて分かった自宅出産の経緯

本人は、こどものころは他府県に住んでおり、親との折り合いが悪く、家に居場所がなくて中学生のころから友人宅を泊まり歩いていた。中学を卒業後、住み込みで働いた。ときどきパパ活をして生活費の足しにしていた。妊娠には気づいていたが、安心して相談できる人がいなかったため、そのままにしていた。出産前日の夜から腹痛があったが、病院には行かず、トイレで出産することになった。本人は驚いて混乱し、どうすればいいか分からず、慌てて昔の友人にLINEをした。すると、その友人からの助言で救急車を呼ぶように言われ、自分で救急車を要請したとのことだった。

対応の工夫と視点TICについて

・本人が言葉を話さないことについて、トラウマインフォームドケアの視点から、焦らず、本人が安心できる環境づくりをした。
・友人を頼り、また救急車を呼ぶことができたことをねぎらった。
・上記のように、日々根気強く会話と関係構築を試みたことで、助産師との間で会話ができるようになった。
・本人の今後が見えず、子の今後も定まらないなかでも、本人を子に会わせる機会をつくるようにした。

患者の展望

・入院中に児童相談所に連絡したことによって、保健師が病院に来てくれた。本人の家族との人間関係や産後の育児ができる環境なのか、アセスメントを行った
・現在バイトしている職場からは急いで退去する必要はないとのことだったが、働けない時期が長くなることには難色を示している。退院後の住居と就労状況が不安定であり、子は回復後、乳児院に預けることとなった
・本人に就労の意思があることから社会福祉協議会と連携し、自立支援を行うこととなり、母子で生活できる環境を目指していくことになった

想定されるワーストケース

・子の容態が安定せず、長期の入院となる
・本人が子を乳児院に預けることを拒み、連れ帰りたいと主張する
・子がNICUから出られないことから病院や医療者への不信感が募り、再び喋らなくなってしまう
・本人は出産後を想像できなかったと述べ、今後の育児についての不安感が膨らみ、抑うつ状態になる
・福祉の世話になりたくないと述べ、あらゆる支援を拒絶する

患者が抱える傷つき

・幼少時から機能不全家庭で育っており、対処できないことがあると思考停止してしまう
・中学卒業後、交友関係がなくなり、孤独感や人間関係を築くことに挫折感を抱いている
・経済的な安定を得られていないが、過去、現在、未来を連続して考えられず、何についても自信がない

社会背景の理解

・妊娠している状態であっても職場などから気をかけられることがなく、住み込みで働いていたにもかかわらず、実質的には社会的に孤立していた
・未受診のまま、自宅で意図せずに出産した場合、本人がパニックになる場合も少なくない
・未受診だったことにより、中絶の選択肢がないまま、出産となっている。未受診の理由は、経済的事由のほか、妊娠に関する知識が乏しい場合がある。
・キーパーソンが存在しない場合、本人との関係構築が非常に重要となる。同時に、本人の意思も重要であり、支援者がともに考えていくことが求められる
・売春をする者は、過去に性的虐待や性暴力の被害者である場合が多いとされている
・住み込みとして寮などの住居を雇用側が提供している場合、退職すなわち退去となるが、退去には一定の猶予期間が与えられる。本人は経済状況などから転居先を見つけるのは容易ではない。本人の状況に配慮するかどうかはともかく、子連れでの復職や育児休業を困難とする場合であっても、雇用側は退去を必要以上に急かすことなどがないよう、コンプライアンスを遵守することが求められる(そもそも出産都合の復職や育児休業を認めないのは、非正規雇用であっても違法にあたる場合がある)
・経済的に不安定であり、パパ活を行わざるをえなかった背景には、安定した職業に就けていないことがあり、十分な教育を受けられなかったことも一因である

関連が推測されるACEs(逆境的小児期体験)

逆境的小児期体験(ACEs:Adverse childhood experiences)は、成人後の身体的、精神的問題などとつながっていると指摘されています。ACE研究と呼ばれる1995年から米国で行われた大規模疫学調査において、子どものころの逆境的体験の数と成人後の予後を調べると、ACEsによって健康リスクが高まり、20年以上早く死亡することが明らかになりました。(参考:『視点を変えよう! 困った人は、困っている人』)

患者の背景には直接的なトラウマ以外にも、このような要因が隠れている場合もあることを知っておくとよいでしょう。

ACEsの種類

心理的虐待、身体的虐待、性的虐待、身体的ネグレクト、情緒的ネグレクト、家族の収監、ひとり親/両親の不在、DVの目撃、家族の精神疾患、家族の薬物乱用

参考

『視点を変えよう! 困った人は、困っている人』(PDF)

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最終更新日:2025/10/04

支援機関

  • ※このケースは女性支援、女性医療に携わる、医師、看護師、保健師、リハビリ職、ソーシャルワーカー、カウンセラーなどによる研究チームによって作成された架空のケースです
  • ※それぞれの掲載ケースは、対応の学習を目的とした一例であり、さまざまな条件により最適解は異なります
  • ※連携した社会資源がこのとおりの対応ができるとはかぎりません
  • ※各ケースのイメージビジュアルは、それぞれのカテゴリーを表しており、支援者の二次トラウマに配慮して設計しています