モデルケースと対応

医療現場で患者のトラウマに配慮したソーシャルワークを実現するために。ここでは社会的困難女性が来院を仮定して、さまざまな仮想ケースとその対応モデルを紹介しています。

救急受診後、入院したトランスジェンダー女性

患者プロフィール

40歳トランスジェンダー女性(MtF)。パートナーと同棲中。
※MtF:Male to Femaleの略。自認する性が女性。身体適合手術を希望しており、今後、手術を受けて戸籍も変更する予定である。現在ホルモン治療を行っている。

ケース紹介

交通事故で重度外傷を負い救急外来受診。一般病棟に移送時、パートナーから本人がトランスジェンダー女性であると申告された。

本人の意識がないなか、身体所見と身分証明書で男性と判断

本人の意識がなかったため、保険証や身分証明書などに男性と明記されていたことと身体所見から、IDは男性で登録しICUに入室した。数日後、一般病棟に移送時、男性部屋を用意していたが、病状説明時にパートナーから、病院職員に対象者がトランスジェンダー女性であると申告された。現在、性適合手術を予約しており、今後戸籍なども変更予定とのこと。

入院対応

まず、男性部屋か女性部屋のどちらに入院することができるか、病棟師長と相談したうえで、本人やパートナーと相談した。外見上は男性に見えるため、女性部屋ではなく、個室の提案をし、本人の承諾を得た。また、性自認と呼称の希望を院内スタッフへ周知、カルテへ記入してもよいか、本人に確認をした。

対応の工夫と視点TICについて

・本人の性自認が女性であることを、院内スタッフへ周知してよいか本人に確認し了承を得た
・本人確認の際など、フルネーム(男性名)で呼んで良いかを確認したところ、ニックネームを希望した
・そのため、カルテにトランスジェンダー女性であること、本人が希望する呼称を明記し、係る医療者皆が確認できるように工夫した
・部屋については病棟師長と相談し個室とした
・検査着や病衣については、数年前に男女兼用のものに変更していたたことが功を奏した
・ホルモン治療は自費となるため、入院中の注射は難しい旨を説明し了承を得た。幸い、次の投与日程前に退院できた

患者の展望

・入院中特にトラブル無く通常医療を受けることができた
・以前、医療スタッフから心無い声がけを受けて以降、かかりつけ医を持てずにいたが、入院中に偏頭痛や慢性湿疹などについて主治医に相談し、治療につながった

想定されるワーストケース

・院内で、あくまで「男性」として扱うことで、入院期間中本人に苦痛を強いる
・院内スタッフが「特殊な人」のように扱うことで、入院期間中本人に苦痛を強いる
・入院中の苦痛が「医療から受けたトラウマ」となり、さらに日常が医療から離れる
・健診を受けなかったり、必要時に医療を利用しないことで、疾患が重症化してからの医療利用となる

患者が抱える傷つき

・第2次性徴そのものがトラウマとなっている
・マイノリティであることで、社会から傷つけられた体験をもつ人も多い

社会背景の理解

・トランスジェンダーの性適合手術については、2022年現在、ホルモン治療中の者は保険適用にならない(参照:性別適合手術の健康保険適用について
・性同一性障害の診断には精神科や泌尿器科、産婦人科などの合同チームが必要だが、診断のあと継続して受診出来る環境にない者も多い。ホルモン治療は自費の形成クリニックなどに通い、体の不調に関してかかりつけを持てない者もいる

・戸籍変更をしなくても、保健者に診断書を提出することで保険証の氏名欄の変更は可能

関連が推測されるACEs(逆境的小児期体験)

逆境的小児期体験(ACEs:Adverse childhood experiences)は、成人後の身体的、精神的問題などとつながっていると指摘されています。ACE研究と呼ばれる1995年から米国で行われた大規模疫学調査において、子どものころの逆境的体験の数と成人後の予後を調べると、ACEsによって健康リスクが高まり、20年以上早く死亡することが明らかになりました。(参考:『視点を変えよう! 困った人は、困っている人』)

患者の背景には直接的なトラウマ以外にも、このような要因が隠れている場合もあることを知っておくとよいでしょう。

ACEsの種類

心理的虐待、身体的虐待、性的虐待、身体的ネグレクト、情緒的ネグレクト、家族の収監、ひとり親/両親の不在、DVの目撃、家族の精神疾患、家族の薬物乱用

参考

『視点を変えよう! 困った人は、困っている人』(PDF)

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最終更新日:2022/01/28

支援機関

  • MASH大阪

    ゲイ・バイセクシュアルなどのHIVに関する相談・支援事業を実施するコミュニティセンターdistaを運営する団体

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  • ※このケースは女性支援、女性医療に携わる、医師、看護師、保健師、リハビリ職、ソーシャルワーカー、カウンセラーなどによる研究チームによって作成された架空のケースです
  • ※それぞれの掲載ケースは、対応の学習を目的とした一例であり、さまざまな条件により最適解は異なります
  • ※連携した社会資源がこのとおりの対応ができるとはかぎりません
  • ※各ケースのイメージビジュアルは、それぞれのカテゴリーを表しており、支援者の二次トラウマに配慮して設計しています