コラム

連載:KYOTO SCOPEで実現したい未来

「KYOTO SCOPEとSRHR」池田裕美枝

2021.09.15

連載:KYOTO SCOPEで実現したい未来

KYOTO SCOPEの運営メンバーがKYOTO SCOPEへの思いを語ります。

普段のおしごとや活動について教えてください

Sexual / Reproductive Health and Rightsって知っていますか? 性や生殖器、性行為、そして子どもを産む産まないということについて、すべての人が自分で決める権利を持ち、健康を享受できるよう保障しようというものです。

私は、女性ヘルスケアを専門とする産婦人科医師なのですが、「SRHRのHealthの部分を提供する人を少しでも増やしたい!」という思いで、これまで臨床のほか、医療者に対するレクチャーやワークショップの開催、書籍の執筆などに力を入れてきました。

なぜ、そのおしごとや活動に取り組んでいるのですか?

学生の頃、私の母は「自分が『女は学問をしなくていい』と育てられたことが悔しい、娘の私には兄と同じだけの教育の機会を与えたい」と言ってくれました。おかげで私は母とは違う人生を歩むんだろうなと思いましたが、そんな会話をとおして、祖母と母もまた全く異なる人生を歩んでいることに気づきました。祖母が祖父と対面したのは結婚が決まってから。その後に6人もの子どもを産み育てているのですから。3世代の女性の生き方がこんなに違う時代はこれまで無かったことなのではないか、今、私はとてもおもしろい時代を女性として生きているんじゃないか、と思ったんです。女性が抱える疾患や健康を取り巻く課題も大きく変化しているに違いない、医師として女性の生き方を側面から支援できるような仕事がしたいと思いました。産婦人科医師になったあと、イギリスでSRHRの専門研修を受けたのですが、祖母―母―私の3世代の女性の生き方を変えたものはSRHRだったんだと確信しました。同時に、日本のSRHRがかなり独特な状況にあることも知りました。たとえば他の先進国では、自分の月経や避妊をコントロールする手段がたくさんあって、学生や低所得者なら無料でそれを得られるのに、日本では手に入る手段も極端に少ないし、高額だしアクセスもよくないです。自分の人生を自分らしく生きるために、SRHRは欠かせない基本的な人権です。困窮した患者さんと出会うたび、日本にもっと広くSRHRを根付かせたいなと思います。

KYOTO SCOPEに加わった経緯を教えてください

産婦人科でSRHRのHealthの部分の提供者たるべく臨床を頑張るなかで、患者さんの「不定愁訴」や繰り返す中絶、性感染症、慢性的な痛みなどの背景に、DVや性暴力、性虐待、職場でのハラスメントなど、女性として産まれてきたがゆえに経験しているさまざまな社会的な困難さがあることを思い知らされていました。SRHRという言葉に、わざわざRightsという言葉が入れ込まれている意味を痛感していたのです。社会的健康を失ってからだと心の健康は保てません。ところが、私は産婦人科医師として患者さんの社会的なつらさにまともに向き合う術を持っていませんでした。たとえば、患者さんがDVの被害者だと知っても、支援機関のカードを渡すだけで、その支援機関がどんな支援をしてくれるのか、また、患者さんがそこに電話したくないときに他にどんな支援の選択肢があるのか、私は全然知らなかったんです。

そこで、京都大学の公衆衛生大学院に入って、患者さんの社会的な困窮に対して真正面から向きあっている医療者やソーシャルワーカーさんに話を聞きました。すると、その多くの方々は、地域の支援機関と顔の見えるつながりを持っていました。孤立していた女性が、そんな支援ネットワークに組み入れられて、20年後、30年後に大きく変わっていく様子を伺い、そのネットワークに私の患者さんも入れてほしいと思ったんです。そして、医療機関と行政、民間支援機関が、地域で横につながる仕組みとしてKYOTO SCOPEを企画しました。

SRHRのRightsの部分、患者さんの社会的な健康をプロモートする機能を、このKYOTO SCOPEに込めています。

プロジェクトをとおして、おもしろかった気づきは何ですか?

新しい発見ばかりです。KYOTO SCOPEでは数ヶ月に1回、オンラインケースカンファレンスと題して、掲載しているモデルケースについて多職種検討会を行っています。患者さんの困窮に、こんなにたくさんの人がこんな想いをもって関わってくれるんだと感動しますし、それぞれの立場によって視点が異なることにも驚かされます。自分には知らないことも、見えないことも、わかっていないこともいっぱい。でも、みんなで考えたら思わぬ打開策が見えたりします。自分にみえている患者さん像が一面的であることを痛感しますし、私自身が困りごとを抱えたときも、自分ひとりでかかえこまないようにしたいとつくづく感じます。

立ち上げの苦労話を教えてください

モデルケースの作成は、たくさんの方々に苦労させてしまいました。KYOTO SCOPEに掲載しているモデルケースは、急性期病院で勤務するソーシャルワーカーや医療職が対応しているていで書かれています。しかし、じつはKYOTO SCOPEの立ち上げメンバーには医療ソーシャルワーカーがいないんです。人づてに、福祉職の方の協力を募ってカテゴリー別にケースの執筆を依頼したのですが、すべてのケースが急性期病院で出会った女性というわけにはいきませんでした。これを私がむりやり、病院で出会った女性、という形にしたら、いろんな齟齬が出てきてしまって。あとから、「このケースの対応はおかしい」「ここでこの点を考慮していないのはありえない」といったお声を頂戴することになって、執筆者にもご協力支援機関にも申し訳なかったです。でも、モデルケースのような対応がまだ当たり前になっていないからこそのステップだったと思います。地域の支援機関の皆さまから、「病院とこんなふうに連携したい」という率直なご意見が伺えてよかったなとも感じています。

今回のメンバー

池田 裕美枝(いけだ ゆみえ)

京都大学医学部卒業。市立舞鶴市民病院、洛和会音羽病院にて総合内科研修後、産婦人科に転向。現在、複数の医療機関で外来臨床を行いつつ、京都大学大学院医学研究科社会健康医学系健康情報学博士課程にて女性の社会的孤立や月経前症候群による社会的インパクトなどを研究中。
NPO法人女性医療ネットワーク副理事長
京都大学リプロダクティブヘルス&ライツライトユニット代表