コラム

連載:レポート:イベント/勉強会

「おてらでトーク 若年女性の孤立孤独と社会的処方」開催レポート 前編

2023.03.30

連載:レポート:イベント/勉強会

開催したイベントや勉強会のレポートです。

2023年1月28日、「KYOTO SCOPE」では初となる直接対面での“オフライン”イベントを開催しました。「若年女性の孤立孤独と社会的処方」をテーマに、京都を代表する寺院の一つ、建仁寺の禅居庵にて行いました。建仁寺は最古の禅寺といわれ、臨済宗建仁寺派の塔頭寺院である禅居庵には、開運勝利の神様「摩利支天(まりしてん)」が、鎮守として境内に祀られています。

当日は、医師や助産師、社会福祉士など、主に京都をフィールドに、医療や支援の現場で活躍する方々およそ40名にお越しいただき、支援のあり方や知見を共有しあうひとときとなりました。

はじめに、社会疫学を専門とする近藤尚己さんによる「社会的処方」をテーマとした講演を行い、孤立女性の支援について、ある架空のケースをもとに、関西の支援現場で活躍する3名のゲストそれぞれの立場から知見を共有していただきました。そして、参加者全員によるグループディスカッションのあと、お抹茶と和菓子をいただきながら一息つくお時間を皆さんと共有することができました。

司会は、「KYOTO SCOPE」のメンバーであり産婦人科医の池田裕美枝が務めました。

池田 「KYOTO SCOPE」は、福祉や支援のフィールドにおいて、量的・質的データの分析結果を、現場の支援職の皆さんに活用していただくためのつなぎ手でありたいという思いで活動をしています。本日のイベントは、地域や立場の異なる視点を知り、仲間を増やすことが目的です。そのため、特にディスカッションでは「違和感をそのままにしない」、異なる意見があったとしても「対話をあきらめない」ことを念頭に、ご自分の言葉でお話しいただければと思います。

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●プログラム
1、講演「若年女性の孤立孤独と社会的処方」
2、パネルトーク「孤立女性の支援を考える」
3、参加者グループディスカッション
4、お茶会

●登壇者(50音順)
近藤尚己(京都大学大学院医学研究科社会疫学分野主任教授・医師)
竹田明子(公益財団法人京都市ユースサービス協会・チーフユースワーカー)
辻由起子(大阪府子ども家庭サポーター、社会福祉士)
義村さや香(京都大学大学院医学研究科 特定講師、京都大学ASD project 実行委員)

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講演「孤立孤独を“癒す”社会的処方―誰も置いていかない社会づくりのためにー」

編集者注:近藤尚己氏の講演レポートについては、発表記録をもとに執筆したものであり、内容の正誤確認等は行っておりません。発言形式で記述している箇所についても、発言を正確に表したものではないことをお断りいたします。

患者の生活背景に配慮した健康づくりを、地域で

近藤尚己さんによると、社会疫学とは、「より多くの人を健康にしていくために、病気になる前に予防し、社会全体でみんなを元気にすることを目的とした研究や活動」のことであり、近藤さんはまちづくりとともにある支援のかたちを、研究と実践を繰り返しながら模索しています。

医師として診察をするなかで、「次から次へと患者さんがやってくるのは、なぜだろう?」という疑問を持ち始めたという近藤さんが、現在の研究をはじめたきっかけのひとつが、研修医時代のある患者さんとの出会いでした。

近藤 山梨県で研修医をしていた頃、50歳男性の患者さんを担当しました。彼は、アルコール中毒で妻子と別れ、市営住宅で一人暮らしをされていました。ある日、家の前で倒れていたところを救急搬送され、心臓に疾患がみつかりました。幸い、手術を行なって回復されたのですが、一人暮らしの生活に戻ると再びお酒を飲み始めてしまい、やがて診察にも来なくなりました。そして、3ヶ月ほど経ったある日、地方紙のお悔やみ欄でその方のお名前を見つけたんです。孤独死だったと思います。私は無力感でいっぱいになりました。

「せっかく治療した患者を、なぜ病気にした環境に戻すのか」とは、社会疫学者のマイケル・マーモット氏が著書で述べた言葉です。まったく同じ実感を持ったという近藤さんは、目の前にいる患者さんを診るだけではなく、患者さんが病気にならない社会や地域をつくっていくことが大事なのではないかと考えるようになりました。

近藤 困りごとを抱えている人たちが、社会そのものあるいは支援者とつながる入り口は、実はいろいろなところにあるはずなのです。しかし、そのドアが見つけられなかったり、コミュケーションがうまくいかなかったり、支援者がどう対応すればいいのかわからなかったり。つながりがうまく築けないことで、支援を必要としている人が孤独な世界に置き去りにされてしまう。そういう循環が起きないようにする社会的な仕組みをつくりたいのです。その活動の一環で「地域とつくる『どこでもドア』型ハイブリッド・ケアネットワーク」プロジェクトを手がけています。

社会的孤立が健康リスクを高める

また、社会的なストレスが体を蝕んでいることも、昨今の研究により明らかになってきたのだといいます。“人とのつながりがなく、社会的に孤立している”ことは、1日にタバコを15本吸うのと同じくらい健康リスクが高いという研究結果が紹介されました。

近藤 研究を通して、経済状況や生活環境など、その人を取り巻く社会的要因によって健康を維持しづらい状況が起きているということがわかってきたんです。人とのつながりもなく、生きる希望もない。そういう生活を送るなかで「長生きするために運動しましょう!」と言われても、説得力がありませんし、やる気は起きませんよね。

また、孤立・孤独の問題は、貧困とも深く関係しています。高齢者では、所得の低い人は、高い人に比べて外出する頻度が低いというデータも出ています。自分のことに置き換えてみても、週に一度しか外出しない生活がいかに不健康なものであるのか、想像がつきますよね。閉じこもり予防は日本の高齢者対策においてとても重視されています。

福祉的な支援の対象となるのは、社会的な困難を抱えている人の割合が多いという調査結果も出ていて、近藤さんは、今の社会に対してどのような制度や仕組みが必要なのか、研究を進めています。

近藤 日本には、生活保護など、経済的な面から支援する仕組みはたくさんありますが、それだけでは孤立孤独の問題は解決しません。人が健康で暮らしていくために必要なもう一つの資本は、「人とつながる」ことです。誰もが良いつながりを保てる社会こそが、健康づくりのゴールであるということも、理論的にわかってきたんです。いわゆる、「ソーシャルキャピタル」という考えです。人とつながるということは、わずらわしい側面もあるかもしれませんが、つながることで幸せを感じたり、困ったときに助け合えたりする関係性が築けるわけです。

また、「KYOTO SCOPE」が行なっているような、支援者同士や組織同士の連携も大切です。支援者もまたケアされるべき存在です。お互いに気にかけあうことで、支援者の心身の健康を維持でき、個々が自分の生きがいをより感じることにもなります。個人、病院、自治会などの地縁コミュニティ、支援組織などすべてがつながる環境をつくり、連携を広げ、深めていこうというのが地域包括ケアの考えであり、日本ではこの仕組みをとてもうまく構築してきました。

人とつながることで、要介護リスクが半減

地域包括ケアの考えも取り入れつつ、近藤さんは「誰もが自然に健康になれるまちづくり」を目指して、これまでおよそ60の自治体の方たちとともに、モデル事業を構築してきました。その一つが、全国に広まっている高齢者が交流する「コミュニティ・サロン」づくりです。

近藤 地域のボランティアの方たちが、公民館などで高齢者が集う場をつくっています。一人暮らしの高齢者は、出かける場所もなく、閉じこもりがちになります。ですから、出かけるきっかけとなる“場所”を地域につくってしまおうというものです。私たちの分析によると、「コミュニティ・サロン」に参加するだけで要介護になるリスクが半分ほどになるという結果が出ています。また、社会的に困難な方ほど、サロンに参加していることがわかっています。私も何度か「コミュニティ・サロン」におじゃましたことがありますが、集っておられる方々がとても楽しそうで、皆さんのきらきらと輝く目が忘れられません。

心がはなやぐ体験ができて、「楽しい」と思える資源が町のなかにたくさんあることはもちろん、助けてもらうだけではなく、“自分が誰かの支えになっている”という実感もまた、心身の健康に必要な体験なのだそうです。

近藤 高齢者の方がサロンのなかで何らかの役割を持っている場合、5年間でお亡くなりになるリスクが12%減るというデータが出ています。ボランティア活動が生きがいとなり、結果的にご本人の心身の健康のためになっているということになります。

また、高齢者にとっては、「就労」も健康に生きていくために大事な要素であること、さらに、社会で複数の活動を行なっている人ほど健康寿命との関連が強いことも明らかになっています。地域のなかに自分の居場所があること、そして社会的責任を持つことが、心身ともに健康で暮らすための秘訣となっているようです。

近藤 その人にあう仕事や活動が地域にあって、いきがいを見つけられるまちづくりをしていきたいですよね。これまで高齢者向けに行われていた地域包括ケアシステムの仕組みを若い世代にも広めるべきではというのが、「全世代型社会保障」という考えです。

「全世代型社会保障」とは、“高齢者”のケアのみに重点を置くのではなく、子ども、子育て世代、現役世代まで年齢に関わりなく、幅広い人たちの安心を支えていくために、社会保障システムを持続可能なものにするための仕組みです。世代を超えてケアしあうことは、今日のテーマである“若年女性”への支援に対しても、関わる人の幅が広がるということを意味します。

近藤 近ごろ耳にするようになった「社会的処方」とは、医療現場で病気を見つけて治療を施したり薬を処方したりするだけではなく、患者さんの背景にある社会課題をみつけて、社会との「つながり」を処方していこうというものです。

近藤 例えば、外来に診察に来られた、ほとんど外出していないという患者さんに対して、「閉じこもっていないで外出しましょうね」と言っても、心のなかでは現実的に難しいだろうなと、私たち医師もどこかで無力感を感じてきたんです。なぜなら、 “外出する”というアクションを医師が実際にサポートすることは難しいからです。

そうしたことを解決しうるのが、「社会的処方」です。医療機関が地域と連携すれば、患者さんの生活での困りごとや孤立孤独をより早く発見し、それに対応できます。地域社会に戻った患者さんに対して、今度は社会福祉士や保健士の方たちが問診相談をして、その患者さんの課題とニーズを見つけ出して、地域での活動へとつなげていくことができます。

社会的処方におけるポイントは、伴走し“続ける”こと

近藤さんは、医療を起点にした「社会的処方」を施せる体制をつくっていきたいと、兵庫県養父市にて、アートや農業活動、そしてまちづくりと一体となった社会的処方モデル事業を展開しています。さらに、東京の銭湯では番頭さんが「社会的処方」を行う主体となって活動をしていたり、東京藝術大学が主体となってアートを活用した事業が実験されていたり。日本全国で展開されている「社会的処方」をテーマにしたさまざまな活動もご紹介いただきました。

近藤 「社会的処方」を行う上で一番大事なことは、その人の生活に「伴走し“続ける”」ことです。困りごとを抱えている方が、地域とつながったから問題がなくなる、ということはありません。その人が求めるものや心地よいつながりというものは、日常生活を送るなかで変化していきます。その変化が起きたとき、必要な人とつながりやすい状況をつくっておくことが大事です。

そして、支援する側もまた、横のつながりを保つことです。支援する人が、誰かの人生に一人で寄り添い続けることは、責任も不安も大きすぎます。ですから、支援する側も無理をしないで伴走し合う体制づくりも欠かせません。支援する人たち同士が、本日のイベントのようにつながりを持って学び合えば、支援の力をいっそう強めていけるとも思うんです。

そして、今度は支援されていた人、誰かの役に立ちたいと言って、支援の輪のなかに入ってきてくれるとすばらしい循環が生まれます。立場や世代を超えて、みんなが「できること」を持ち寄り、誰もが健康で幸せなまちをつくっていきたいですね。

後編へ続く

 

執 筆:山森彩(ユブネ)
撮 影:坂下丈太郎
編 集:高木大吾(デザインスタジオパステル/KYOTO SCOPE)