モデルケースと対応

医療現場で患者のトラウマに配慮したソーシャルワークを実現するために。ここでは社会的困難女性が来院を仮定して、さまざまな仮想ケースとその対応モデルを紹介しています。

違法薬物中毒で入院した19歳

患者プロフィール

19歳。両親は離婚しており、母と二人暮らし。
高校卒業後、進学はせず、飲食店でバイトをしている。

ケース紹介

友人と大麻を使用し依存へ

両親の離婚や家庭の貧困状況など、毎日の生活にしんどさを感じていた中で、彼氏からの誘いにより初めて大麻を使用。彼氏を含むいつも遊ぶ友人たちも、集まる度に様々な薬物を乱用しており、使用時の快感が忘れられずに抜け出せなくなっていった。

救急搬送から問題の顕在化

ある時意識が飛び、友人たちの声にも正常に反応できずに、大声で叫んだり暴れはじめたことから、友人たちでは手がつけられなくなり、救急車を呼んだ。その後、精神科病院に救急搬送され、受診、入院。保護入院ということで、担当医師が母に連絡をした際、母が以前から娘の薬物使用を知っていたことが判明。入院中の面会を促したが、まったく面会に来ることはなかった。

退院後の回復施設通所にPSWがコミット

精神科病院退院時にPSWが介入し、娘本人に回復施設であるMACや自助グループの紹介をしたが、母の同行は期待できずひとりで行くことのは不安だと本人がSWに訴えたので、初回見学に同行することにした。

対応の工夫と視点TICについて

・本人は「悪いことをしている」という罪の意識が強いため、使用していることを隠そうとしたり、どうせ自分の気持ちは理解してもらえないと思い、周囲に敵対心を持っていることがある
・意識障害の鑑別として尿検査をする際、違法薬物使用を疑っても守秘義務のため病院から警察に通報はしないということを伝える
・「依存症は病気である」ということを伝え、抜け出せない本人の気持ちに寄り添って信頼関係(味方であるということ)を築く必要がある
・「抜け出したいのに抜け出せない」のが薬物依存症の特徴。辞めるためには本人の強い意志と共に、周囲のサポートが重要だが、周囲が抜け出せない環境を作っているケースも多い。 本ケースは、彼氏や友人も使用していることや、母に時間的、精神的余裕がなく、周囲のサポートは得られにくいと考えられる。自ら社会資源の利用には繋がりにくいため、MACの見学や自助グループへの参加にSWが同行した

患者の展望

退院後は2年間MACへ通所し、仲間同士によるグループセラピーを中心に回復へと向かっていく。同じ悩みを持つ仲間との関わりや繋がりができ、MACでのプログラム(調理、農業体験、運動、ボランティア活動など)を通して、社会生活能力の向上や心身の健康を構築していくことができる。継続して自助グループのミーティングに参加。薬物を使わない新たな生活を送りながら通信制大学へ進学し、就職を目指す。

想定されるワーストケース

MACや自助グループにはいかず、交友関係も切ることができずに薬物を乱用し続ける。乱用し続けることで、幻覚・幻聴、異常行動などの精神症状が表れたり、無気力になったり、知能低下が起こったりと、社会生活に支障をきたす場面が増えていく。

患者が抱える傷つき

・両親の離婚や家庭の貧困に伴うトラウマ
・逮捕されるかもしれないという恐怖心
・精神科病院への入院に対するスティグマ(世間から+自分自身)
・薬物のある交友関係にしか居場所を見出せない孤立感
・薬物に依存する要因となった困難な社会生活(母との関係、生活環境など)

社会背景の理解

・自分だけが「やらない」と言えない交友関係
・依存症に対する社会的スティグマ
・薬物利用の若年化
・若年者には薬物のなかでも大麻に対する危険性の認識が甘い傾向がある(参照:https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201806/3.html#section3
・近年、大麻の生涯経験率が上がっている(参照:https://www.ncasa-japan.jp/understand/drug/japanese

関連が推測されるACEs(逆境的小児期体験)

逆境的小児期体験(ACEs:Adverse childhood experiences)は、成人後の身体的、精神的問題などとつながっていると指摘されています。ACE研究と呼ばれる1995年から米国で行われた大規模疫学調査において、子どものころの逆境的体験の数と成人後の予後を調べると、ACEsによって健康リスクが高まり、20年以上早く死亡することが明らかになりました。(参考:『視点を変えよう! 困った人は、困っている人』)

患者の背景には直接的なトラウマ以外にも、このような要因が隠れている場合もあることを知っておくとよいでしょう。

ACEsの種類

心理的虐待、身体的虐待、性的虐待、身体的ネグレクト、情緒的ネグレクト、家族の収監、ひとり親/両親の不在、DVの目撃、家族の精神疾患、家族の薬物乱用

参考

『視点を変えよう! 困った人は、困っている人』(PDF)

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支援者の方へ

ソーシャルワークにはさまざまな視点があり、モデルケースは常に多様な知見を取り入れながら改善しています。支援者の皆さまからのご意見を広く受け付けています。ご意見についてはこちらからお送りください。

また、定期的にソーシャルワークやトラウマ・インフォームド・ケアをテーマにしたオンライン勉強会を行っています。参加希望の方はお問い合わせフォームよりご連絡ください。(※現支援者に限ります)

最終更新日:2022/05/14

支援機関

  • NPO法人 京都MAC

    依存症(アルコール、薬物、ギャンブル、ゲーム、クレプトマニアなどの依存症、摂食障害)からの回復を支援する施設

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  • 特定非営利活動法人 京都DARC

    民間の薬物依存症回復支援施設

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  • 京都市こころの健康増進センター

    こころの健康に関する電話相談、精神障害者の就労・復職準備デイケアなどの支援を行っている

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  • マリファナ・アノニマス(MA)

    マリファナ依存からの回復を目指す相互回復援助グループ

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  • ※このケースは女性支援、女性医療に携わる、医師、看護師、保健師、リハビリ職、ソーシャルワーカー、カウンセラーなどによる研究チームによって作成された架空のケースです
  • ※それぞれの掲載ケースは、対応の学習を目的とした一例であり、さまざまな条件により最適解は異なります
  • ※連携した社会資源がこのとおりの対応ができるとはかぎりません
  • ※各ケースのイメージビジュアルは、それぞれのカテゴリーを表しており、支援者の二次トラウマに配慮して設計しています