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「おてらでトーク 子ども期の逆境的体験とその影響を考える」開催レポート 前編
連載:レポート:イベント/勉強会
開催したイベントや勉強会のレポートです。
2024年2月18日、2回目となる「おてらでトーク」を昨年に引き続き、建仁寺の禅居庵にて開催しました。当日は2月とは思えないほど暖かく、一足早い春の日差しに包まれながら、約50名の参加者の皆さんと支援のあり方について語り合い、意見交換しました。
この記事の後編はこちら。
昨年の「おてらでトーク」のレポートはこちらからご覧ください。(前編・後編)
晴れやかな日の開催となった今回の「おてらでトーク」。
テーマは、「子ども期の逆境的体験とその影響を考える」です。2023年5月に『ACEサバイバー-子ども期の逆境に苦しむ人々』を上梓した三谷はるよさん(当時:龍谷大学社会学部准教授)を講師に迎え、「ACE(子ども期の逆境体験)とは何か」「ACEを予防するために個人や社会に何ができるか」など、ACE研究のエッセンスについてお話しいただきました。
続いて、孤立女性の支援をテーマに作成した架空のケースについて、3人の専門家によるパネルトークを実施。その後、同じケースを題材に、参加者全員によるグループディスカッションを行いました。最後はお抹茶とお菓子を楽しみながら自由に交流し、終始和やかな雰囲気のなか、終了となりました。
司会・進行は「KYOTO SCOPE」の池田裕美枝が務めました。
池田 本日のイベントは「地域の異なる視点を知り、仲間を増やすこと」を目的にしています。「こうあるべきだ」ということはございません。皆さまに自由に色々な意見を発していただいて、自分と違う立場の意見や視点に触れ、それを明日への活力につなげていたただけたらと思います。
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プログラム
1 講演「子ども期の逆境的体験とその影響」
2 パネルトーク「依存症の母を持つ子ども」
3 参加者グループディスカッション
4 お茶会
登壇者(50音順)
宇野明香(認定NPO法人ハピネス理事長)
加藤武士(奈良ダルク代表)
三谷はるよ(龍谷大学社会学部准教授)
村上靖彦(大阪大学人間科学研究科人間科学専攻教授)
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講演「子ども期の逆境体験とその影響」三谷はるよ
ACEは個人の問題ではなく、社会の問題である
2023年5月に『ACEサバイバー-子ども期の逆境に苦しむ人々』を出版した三谷はるよさん。ACEとは、Adverse Childhood Experienceという英語の頭文字をとった言葉です。ACEsと呼ばれることもあります。日本語では「子ども期の逆境体験」などと訳され、18歳になるまでに虐待やネグレクト、家庭の機能不全(家族の依存症、精神疾患、DVなど)にさらされる体験を指します。
三谷さんによると、ACE研究は欧米で始まり、日本では医療従事者の一部や研究者しか知らない概念でした。調べれば調べるほど「こんな深刻な事態があるんだ」「一部の専門家だけが知っているだけではだめだろう」と感じたそうです。
三谷 何も知らない方々にもこの問題に目を向けてもらえればと思い、『ACEサバイバー』を執筆しました。草の根で活動を頑張ってくださっている方々や、支援現場の人々にもACEを予備知識として知っていただいて、その視点を生かして日々の取り組みを続けていただけたらという思いもあります。
三谷 子どもが受けた傷や幼少期の体験、親との関係などは、個人的なことだと当事者も含めて思いがちです。しかし、運や努力で片付けられないレベルの経験であり、本人の努力で到底乗り越えられない壁になっています。幼少期に子どもは親を選べるでしょうか。選べません。生育環境によって何十年、さらには寿命にいたるまで大きな影響を受ける場合もあります。本を通じて、それくらい生育環境は大事なものだということをお伝えしたかったのです。かといって、親を糾弾することを目的にはしていません。親もまた何らかの被害者であったかもしれない。そういったこともACE研究で分かってきています。ACEは個人の問題ではなく、社会の問題なのです。
ACEが与える数々の悪影響
今回の講演では書籍の内容をもとに、ACE研究のエッセンスとなる部分について分かりやすくお話しいただきました。
三谷 代表的なACEの項目は、家族内で行われる各種虐待、ネグレクト、薬物・アルコール乱用、精神疾患、親の離婚、DVなどです。自分の18歳までを振り返って、経験したことが1つあればスコア1、2つあればスコア2、4つ当てはまればスコア4というふうに、スコア化して測定します。このスコアの数値が高いほど、特に4以上になると色々なリスクが上昇する傾向があることが分かっています。
ACE研究はアメリカの1人の臨床医の気づきから始まり、国家レベルの調査に発展しました。そこでACEによるさまざまなリスクの上昇が明らかになったのです。日本にも当てはまるのかどうか気になった三谷さんは、数万人規模の全国調査プロジェクトにおいて、アメリカと同じ結果が出るのか検証することにしました。
三谷 アメリカの研究では、ACEには「一般性がある」「多重の健康・社会的リスクがある」「世代間伝達をする」と言われています。日本の場合、ACEを1つ以上経験している人は38%程度でした。アメリカでは60%を超えますから、少ないように思われるかもしれませんが、約4割です。4つ以上経験している人は約3%ですが、2万人の調査の場合500人以上もが当てはまるわけです。マイノリティとは言えず、「一般性がある」と言えます。
三谷 医師と分析した結果、ACEスコアが高いほどガンや脳卒中、肺炎や狭心症などのリスクが高まることが分かりました。自殺念慮も非常に高くなります。さらに、ACEを経験すると、低学歴、不安定な雇用につきやすく、そして経済的にも困窮しやすい傾向にあります。このようなACEに「多重の健康・社会的リスクがある」ことについては、日本の疫学研究でも明らかにされています。ACEは脳やホルモン、遺伝子にまで影響することが実証されてきているのです。
三谷 次に、人間関係はどうでしょうか。結婚しにくく、離婚しやすい。孤立しやすく、困ったときに誰にも頼れない。このあたりがくっきりと結果に表れています。子育て中のACEサバイバーに限定して分析すると、適切とはいえない養育行動をしがちであるということが分かりました。つまり、子どもからみると逆境ですよね。ACEの親からACEの子へと伝達が起きてしまっています。ということで、ACEに「一般性がある」「多重の健康・社会的リスクがある」「世代間伝達をする」というのは、日本でも十分に成り立っている話なのです。
ACEサバイバーが抱えているかもしれない「トラウマ」
支援の現場に携わっていると、ACEサバイバーに出会う機会は少なくありません。支援する際に知っておきたいACEサバイバーの心理において、「トラウマ」は非常に重要なキーワードです。
三谷 近年、子ども時代の慢性的なストレスによるトラウマを「発達性トラウマ」と呼ぶようになりました。その症状は発達障害と重なる部分が多く、第四の発達障害と呼ぶ専門家もいます。昨今では、発達性トラウマは最終的に大人になって「複雑性PTSD」と診断されることが増えているそうです。
複雑性PTSDになると、「自分は無価値な人間だと考える」「自分の気持ちが分からない」「他人を信用できない」の3つのうち、少なくとも1つの症状が見られると言われています。三谷さんもACEサバイバーにインタビューを行うなかで、よく見られる傾向だと感じているそうです。
三谷 ACEサバイバーは、自分に対する否定感が非常に強いです。自分の気持ちを言葉にすることも難しいですね。他人を信用できないので、インタビューのアポイントにおいても、半分以上の人とお会いできません。ですが、それは育ってきた環境で人を信用できないということを学んだ結果であり、仕方のないことだと思っています。
トラウマは大人になってからのパートナーシップにも非常に影響を与えます。
三谷 ラブ・アディクションと言い、恋愛関係において依存しがちなのは、支援者の皆さんもよくご存じのことと思います。ACE研究でも性的な早熟や感染症にかかりやすいこと、性被害に遭いやすいことがよく言われていて、だからこそ性教育は本当に大事だと強く思います。
PCEで子どもたちにポジティブな経験を
ACEによる悪影響を断ち切るために、私たちは何ができるのでしょうか。三谷さんは、児童養護施設や里親家庭で育つ子どもたちへの支援など、社会的養護を手厚くすることの重要性を訴えています。一方、「保護因子を社会に組み込む」アプローチも重要だと説きます。
三谷 リスク要因そのものを消すことはできなくても、その影響を軽減できる保護因子を社会に埋め込むことで、ACEの悪影響を出にくくすることができます。保護因子とは、良好な人間関係です。子どものときにポジティブな経験をさせる、大人になっても周囲のサポートがある、こういったことを意識すべきだと考えます。
子ども期のポジティブな体験はPCE(Positive Childhood Experiences)と呼ばれ、ACEと対になる概念です。ACEと全く正反対の効果を与えることも、昨今の研究で明らかにされています。
三谷 自分の気持ちを話せる大人や自分を気にかけてくれる親以外の大人がいた、居心地の良い場所があった、友人に支えられていると感じた、といった項目がPCEに当てはまります。PCEを多く経験している人は、ACEの悪影響が出にくくなります。ですので、逆境的な状況にあっても、同時にPCEを経験できる状況を子どもたちに与えられるかどうかが重要なのですね。
最新の研究では、地域でPCEとなるコミュニティが多いほど、ガンのリスクが35%、うつ病や自殺念慮も半減するという結果も出ているそうです。とはいえ、地域の1人として支援をしていくなかで、目の前の子どもたちに対して「何もできない」と無力感を抱いたことがある方も多いのではないでしょうか。そんな支援者の方に向けて、三谷さんは力強いメッセージを送ります。
三谷 現場で頑張っておられる支援者の方々がよくおっしゃいます。「私たちは無力だ」と。どれだけ頑張っても目の前の子どもたちの人生を変えることはできない、と。そんなことはありません! 皆さんの存在自体がPCEなのです。皆さんがその子どもたちの心身に間違いなく良い影響をもたらしますから、ということは強く訴えたいと思います。
すでに日本各地では、PCEに該当する素晴らしい取り組みが実践されています。トラウマ教育に力を入れている大阪市立田島南小中一貫校、官民協働で「SOSの出し方に関する教育」を実施している久留米市の例などをご紹介いただきました。
三谷 ここまでは子ども期のPCEについての話でしたが、大人になってからもできる支援はあります。特にACEサバイバーの子育ては困難になりやすいんです。ただでさえ子育ては大変なのに、自分に逆境体験があると参考にするモデルがなく、誰か隣にいて支える人間が必要になってきます。
三谷さんの分析によると、周囲に支えがある人はマルトリートメント(子どもへの不適切な関わり)が起こりにくくなるとのことです。ここでは大阪市のNPO法人O’hanaが行っている、児童養護施設を退所した女性の妊娠・出産・育児へのサポートを例に挙げていただきました。母子手帳の受け取り、病院選び、健診から出産後の赤ちゃんのお世話まで、週1回一緒に過ごしながら手とり足とり教えられているそうです。三谷さんはこれこそが「伴走型支援」だと言います。伴走型支援のあるべき姿について考えさせられる事例でした。
一人ひとりの支援者が意識したい「TIC」と「つながり」
病気、メンタルの不調、金銭問題、異性問題、子育て……。ACEサバイバーはさまざまな困難を抱えており、1人の支援者で解決するのは難しいのが現状です。一人ひとりの支援者ができることとして、三谷さんは「TIC(トラウマ・インフォームド・ケア)」の視点を身につけることを提案しています。TICとは、トラウマについて正しい知識をもち、配慮のある関わり方をすることです。
TICCこころのケガを癒やすコミュニティ事業(https://www.jtraumainformed-tic.com/)
三谷 自分の理解を超えた言動や行動に触れたときに、「もしかしたらこの人には逆境体験があるのかもしれない」という視点で考えてみてほしいのです。対応によっては、再び傷を与えてしまう可能性があることを念頭におく必要があります。
KYOTO SCOPEはTICの視点を重視し、医療現場における社会的困難女性に対し、トラウマに配慮した支援ができるように、ウェブサイト内に「モデルケースと対応」というコンテンツを掲載しています。三谷さんの著書『ACEサバイバー』内でもご紹介いただきました。
三谷 1人の支援者では到底解決できない問題だからこそ、支援者間連携、支援機関間連携も重要です。ですから、KYOTO SCOPEのような横のつながりを生む取り組みはとても大切だと思います。
ACEサバイバーはコミュニケーションがうまくとれず、一見、「困ったひと」かもしれません。適切なケアをするためには、背景にACEによるトラウマがあるかもしれないと捉え直し、自身の言動や関わり方を見直す、そして支援者同士が「つながる」意識が重要です。そうすることで対応のバリエーションが増え、ACEサバイバーのケアはもちろん、次世代のACE予防にも役立つでしょう。
後編へ続きます。
撮 影:坂下丈太郎
編 集:高木大吾
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